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大阪地方裁判所 昭和60年(ワ)8825号 判決

原告 信用組合大阪弘容

右代表者代表理事 吉川彦治

右訴訟代理人弁護士 宅島康二

被告 破産者大東機工株式会社破産管財人 得津正

主文

一、原告が、破産者大東機工株式会社に対し、大阪地方裁判所昭和五九年(フ)第一九四八号破産事件につき、金一、〇二三万三、三六四円の破産債権を有することを確定する。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告

主文同旨の判決。

二、被告

1. 原告の請求を棄却する。

2. 訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二、当事者の主張

一、原告の請求原因

1. 訴外大東機工株式会社(以下、破産会社という。)は、大阪地方裁判所昭和五九年(フ)第一九四八号破産事件において、同年一二月六日午後一時同裁判所から破産の宣告を受け、被告がその破産管財人に選任された。

2. 原告は、右破産宣告当時会社に対し、破産会社との手形割引等を含むいわゆる信用組合取引に基づき、金四、三六二万二、八九三円の割引手形買戻請求債権を有していた。

3. そこで、原告は、昭和六〇年一月一四日同裁判所に対し、破産債権として、右債権全額の届出をしたが、被告は、同年八月二日の債権調査期日において、右届出債権中金一、〇二三万三、三六四円について異議を述べた(以下、右届出債権中の異議のある部分を本件破産債権という。)。

4. よつて、原告は、本件破産債権の確定を求める。

二、請求原因に対する被告の答弁

請求原因事実はすべて認める。

三、被告の抗弁

1. 被告会社は、原告に対し、次のような預金債権を有している。

(一)  訴外大和孝彰(以下、訴外大和という。)名義の別紙債権目録(一)記載の定期預金(以下、本件定期預金という。)の元本金一、〇〇〇万円とこれに対する利息金一九万九、一二二円の合計金一、〇一九万九、一二二円(以下、本件預金債権(一)という。)

なお、本件定期預金は、破産会社の代表取締役であった訴外大和の個人名義になっているけれども、それは、昭和五九年一〇月初めころ破産会社が原告から手形割引を受ける際、破産会社名義で預金をすれば、いわゆる歩積預金となって問題を生じるところから、これを避けるために訴外大和個人の名義を借用したことによるものであって、本件定期預金は、実質的にはその資金を出捐した破産会社に帰属するものである。そして、原告は、破産会社が訴外大和名義で本件定期預金をなすに至った右事情を知悉しており、その預金者が破産会社であることを十分に知っていたものである。

(二)  破産会社名義の別紙債権目録(二)記載の積立預金三五〇万円に対する利息金一万九、三三一円、積立預金一八〇万円に対する利息金九、九四一円及び積立預金九〇万円に対する利息金四、九七〇円の合計金三万四、二四二円(以下、本件預金債権(二)という。)

2. そこで、被告は、昭和六〇年八月二日の債権調査期日の一週間位前に、原告(担当者 中島管理部調査役)に対し、本件預金債権(一)と同(二)の合計金一、〇二三万三、三六四円をもって本件破産債権と対当額で相殺する旨の意思表示をした。

仮に、右事実が認められないとしても、被告は、昭和六一年五月七日の本件口頭弁論期日において、原告に対し、右同様の相殺の意思表示をした。

四、抗弁に対する原告の答弁

抗弁1の事実中、訴外大和名義の本件定期預金が存在したことは認めるが、その余は否認する。

なお、本件定期預金は、破産会社の代表取締役であった訴外大和から原告に対し、訴外大和が個人で金一、〇〇〇万円の定期預金をして、これを破産会社の債務の担保に供するから、手形割引の枠を増額して欲しい旨の要望があったため、原告が、右要望を容れたことにより、訴外大和名義で預け入れられたものであって、その資金が破産会社の出捐によるものかどうかは原告の全く関知しないところであるし、被告が主張するように、歩積預金となることを回避するために、訴外大和名義で預金をするというような事情も全く知らなかった。

従って、原告は、本件定期預金が、その名義どおり当然訴外大和個人のものであると信じていたところであり、その預金契約をしたのが訴外大和であり、名義も訴外大和であることからすれば、本件定期預金は、訴外大和に帰属するものというべきである。

五、原告の再抗弁

1. 本件定期預金が、被告主張のように破産会社に帰属するものとしても、原告は、前記四で述べたような事情から、終始一貫して、本件定期預金がその名義人である訴外大和に帰属するものと信じ、そのように信じるにつき何ら過失がなかった。

2. ところで、訴外大和は、昭和五九年六月六日原告に対し、破産会社が原告との手形割引等を含むいわゆる信用組合取引によって負担する現在及び将来の債務一切を連帯保証する旨約していたから、原告は、訴外大和に対し、破産会社がその破産宣告当時原告に対して負担していた前記割引手形買戻請求債権金四、三六二万二、八九三円について、右同額の連帯保証債務履行請求債権を有していた。

3. なお、破産会社及び訴外大和は、原告との右信用組合取引あるいは連帯保証の約定の際、原告に対し、破産会社が破産したとき、破産会社は右信用組合取引に基づく債務について、当然期限の利益を失ない、直ちに右債務を弁済しなければならない。また、右債務と破産会社及び連帯保証人の原告に対する預金、定期預金等の債権とを、その債権の期限のいかんにかかわらず、原告はいつでも相殺することができる旨特約していた。

4. そこで、原告は、右3の特約に基づき、昭和六〇年六月二二日訴外大和に対し、本件定期預金債権を受働債権、訴外大和に対する前記連帯保証債務履行請求債権を自働債権として対当額で相殺する旨の意思表示をした。

5. 右1ないし4によれば、原告の右相殺は、債権の準占有者に対する弁済に準じて、民法四七八条により有効と解すべきところ、右相殺の適状日は、右3の特約により破産宣告の前日である昭和五九年一二月五日であり、右時点での本件定期預金債権は、元本金一、〇〇〇万円と利息金一万八、一六五円(但し、その預入日から右同日までの年一・五パーセントの割合による利息金から二〇パーセント相当の所得税を控除したもの。)の合計金一、〇〇一万八、一六五円にとどまり、自働債権である前記連帯保証債務履行請求債権の金額より少ないから、右相殺により本件定期預金債権の全部が消滅したものというべきである。

従って、本件定期預金債権は、昭和五九年一二月五日限りその元本、利息ともにすべて消滅し、右同日以降利息を生ずる余地もないから、被告主張の本件預金債権(一)は、右同日以降存在せず、被告の本件預金債権(一)を自働債権とする相殺に関する主張は失当である。

六、再抗弁に対する被告の答弁

再抗弁事実は否認する。

第三、証拠関係〈省略〉

理由

一、原告の請求原因事実は、すべて当事者間に争いがない。

二、被告の抗弁について判断する。

1. 本件預金債権(一)の存否について

(一)  前記当事者間に争いがない事実に、〈証拠〉を総合すれば、

(1)  破産会社は、昭和五九年六月ころ原告との間に、いわゆる信用組合取引に関する契約を締結し、当時破産会社の代表取締役であった訴外大和は、原告に対し、破産会社が右契約に基づき現在及び将来負担する一切の債務を連帯保証する旨約したが、その際、破産会社及び訴外大和は、破産会社に破産等の申立があったとき、破産会社は、原告に対する一切の債務について当然期限の利益を失ない、直ちに債務を弁済する、破産会社が原告に対する債務を弁済しなければならない場合、原告は、右債務と破産会社あるいは訴外大和の預金、定期預金その他の債権とを、その債権の期限のいかんにかかわらずいつでも相殺することができる旨特約した。

(2)  破産会社は、右信用組合取引契約に基づき、その取引の限度額(以下、枠という。)を金七、〇〇〇万円として、原告から継続的に手形割引を受けてきたが、同年九月下旬ころ、右枠の増額の必要性が生じたため、訴外大和が原告に対し、個人で金一、〇〇〇万円の定期預金をし、これを担保に差入れるから右枠の増額に応じて欲しい旨申入れたところ、原告は、これを承諾し、右枠を今後金一億二、〇〇〇万円として破産会社との手形割引に応ずることにした。

(3)  そこで、訴外大和は、同年九月二八日、破産会社の現金一、〇〇〇万円を原告に預託し、これを別紙債権目録(一)記載のとおり、訴外大和個人名義の定期預金(本件定期預金)にしたが(訴外大和名義の本件定期預金が存在したことは争いがない。)、破産会社の現金を預託しながら右預金を破産会社の名義にしないで、右のように訴外大和個人の名義にしたのは、破産会社名義で預金をしたうえ手形割引を受けると歩積預金の問題が生じることを訴外大和が既に知っていたため、訴外大和の自発的な判断に基づくものであり、原告(担当者は当時の巽支店長福山豊)の示唆ないしは指示によるものではなく、原告としては、訴外大和から、本件定期預金の資金は訴外大和が個人で捻出した旨聞かされ、訴外大和が二〇年間以上も破産会社に勤務したうえ代表取締役に就任し、奈良の学園前に土地、建物を所有していたところから、訴外大和の話を信じ、本件定期預金の出捐者はその名義人である訴外大和であると信じ、何ら疑問を抱かなかった。

なお、訴外大和は、本件定期預金を破産会社の帳簿に記載し、本件定期預金が破産会社の資産であることを明らかにしていた。

(4)  原告は、訴外大和から本件定期預金を受入れた後、同年一〇月一日訴外大和から、債務者を破産会社とし、担保差入兼連帯保証人を訴外大和とする預金・定期積金担保差入証を徴して本件定期預金の証書を原告に差入れさせ(右担保差入証の訴外大和の名下には、訴外大和の銀行届出印が押捺されている。)、破産会社が原告に対し現在及び将来負担する債務の根担保として、本件定期預金債権に質権を設定したうえ(加えて、本件定期預金についても、右(1)の相殺に関する特約が確認の意味で合意された。)、破産会社に対し、右(2)のとおり増額された枠に応じて手形割引を継続して実行した。

(5)  その後、同年一二月六日破産会社が破産宣告を受けたので、原告は、昭和六〇年六月二二日到達の内容証明郵便により、訴外大和に対し、当時破産会社が原告に負担していた金四、三六二万二、八九三円の割引手形買戻債務についての連帯保証債務履行請求債権を自働債権とし、本件定期預金債権金一、〇〇一万八、一六五円(元本金一、〇〇〇万円とこれに対する預入日である昭和五九年九月二八日から破産宣告の前日である同年一二月五日までの年一・五パーセントの割合による利息金一万八、一六五円の合計)を受働債権として、その対当額で相殺する旨の意思表示をした。

以上の事実が認められ、証人大和孝彰の証言のうち右認定に反する部分は、前掲各証拠と対比してにわかに措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(二)  右認定の事実関係からすれば、本件定期預金は、破産会社の代表取締役であった訴外大和が、破産会社の出捐によって、破産会社の資産とする意思で原告に預け入れたものであり、その名義が訴外大和の個人名義になっていても、それは歩積預金の問題が生じるのを回避するため訴外大和の名義を借用しただけに過ぎないのであるから、その出捐者である破産会社に帰属するものと認めるのが相当である。

(三)  なお、原告は、本件定期預金の出捐者が破産会社であることや訴外大和の名義が使用されるに至った事情は全く知らず、却って訴外大和の言動等から本件定期預金の預金者は訴外大和であると信じていたのであり、実際にも訴外大和がその名義で預金契約を締結したのであるから、本件定期預金は、訴外大和に帰属する旨主張する。

しかしながら、およそ銀行等の金融機関(以下、単に銀行という。)における預金は、定型的に大量に行なわれる没個性的な窓口取引であり、銀行としては、実務上預入行為者の申し出た名義で預金を受け入れざるを得ないのであって、その預入行為者あるいは使用された名義人が何人であるのかにつき格別利害関係を有するものではないから、銀行が何人を預金者として認識し、あるいは、現実に何人が預金契約を締結したのかにかかわりなく、右の認定、説示したように、自らの出捐によって、自己の預金とする意思で、自らまたは使者・代理人を通じて預金をした者が預金者であると認めるのが相当であり、銀行が、出捐者を確知することができず、そのため真実の預金者と異なる者を預金者(以下、表見預金者という。)と認定し、表見預金者とその預金を担保とする新たな取引関係に入ったり、表見預金者に預金を払戻したりしたとき等は、免責約款や準占有者に対する弁済の法理等により二重弁済の危険から銀行を保護すればそれで十分であると考えられるから(この点については、再抗弁の判断に関連して後述する。)、原告の右主張は採用できない。

(四)  そこで、原告の再抗弁について検討する。

(1)  一般に、銀行が、表見預金者が預け入れた定期預金に担保の設定を受け、あるいは、右定期預金を受働債権として相殺する予定のもとに、表見預金者との間に、手形貸付、手形割引等の銀行取引を行ない、その後、右銀行取引によって生じた銀行債権を自働債権として右定期預金債務との相殺がなされるに至った場合、右担保設定あるいは相殺の予約、銀行取引、相殺の一連の行為は、実質的には右定期預金の期限前払戻しと同視することができるから、銀行は右銀行取引開始当時、表見預金者を真実の預金者本人と認定するにつき金融機関として尽すべき相当な注意を用いたものと認められる限り、民法四七八条の規定を類推適用し、表見預金者に対する銀行債権と定期預金債務との右相殺をもって真実の預金者に対抗することができるものと解するのが相当であり、この理は、表見預金者が、自ら連帯保証人になり、その預け入れた定期預金について、これを物上保証として提供し、あるいは、右同様の相殺の予約をなし、銀行が、右表見預金者が指定する第三者(主たる債務者)との間に、右同の様の銀行取引を行ない、その後、右銀行取引によって生じた銀行債権について、右連帯保証債務の履行を求める趣旨で、表見預金者に対する右同様の相殺がなされるに至ったときも同様であると解すべきである。

(2)  これを本件についてみると、右(一)で認定した事実関係からすれば、原告は、破産会社との間にいわゆる信用組合取引契約を締結し、一定の枠内で手形割引の取引を継続してきたが、破産会社の代表取締役であり、その連帯保証人でもあった訴外大和から、訴外大和名義の本件定期預金に質権の設定を受け(加えて、右取引に基づく原告の破産会社に対する債権回収のため、本件定期預金を受働債権とする相殺も予定されていた。)、右取引の枠を増額のうえ手形割引の取引を継続してきたこと、その後破産会社が破産宣告を受けたため、原告は、訴外大和に対し、連帯保証債務の履行を求める趣旨で、破産会社に対する割引手形買戻請求債権と同額の連帯保証債務履行請求債権を自働債権として、本件定期預金債務と対当額で相殺する旨の意思表示をしたことが明らかであり、右のように、原告が、連帯保証人である訴外大和との間に、本件定期預金について、質権を設定し、加えて、相殺の予約もなしたうえ、主たる債務者である破産会社に対し、手形割引を実行し、その結果生じた原告の債権と本件定期預金債権とを相殺した右一連の行為は、実質的にみて、右に説示したとおり、本件定期預金の期限前払戻しと同視しうるものというべきところ、訴外大和から、本件定期預金を受け入れ、これに質権を設定した原告の手続に何ら落度はなく、当時の訴外大和の言動、地位、資産状況等からみて原告が、本件定期預金の出捐者が訴外大和であり、その預金者が訴外大和であると信じたことに何ら過失はなかったものと認められるから、原告は、民法四七八条の類推適用により、右相殺をもって真実の預金者たる破産会社、ひいてはその破産管財人である被告に対抗することができるものというべきである。

(3)  してみると、本件定期預金は、原告が昭和六〇年六月二二日訴外大和に対してなした右相殺の意思表示により、その自働債権である金四、三六二万二、八九三円の連帯保証債務履行請求債権とその対当額で消滅したものというべきところ、右(一)、(1)で認定した相殺の予約に関する特約は、予め自働債権の弁済期の到来によって、受働債権についても期限の利益を放棄し、その時に相殺適状になることを合意したものと解されるので、右自働債権について期限が到来したものと認められる破産会社に対する破産の申立日(本件証拠上明らかではないけれども、遅くとも原告が相殺適状日と主張する昭和五九年一二月五日)に原告の自働債権である訴外大和に対する右連帯保証債務履行請求債権と受働債権である本件定期預金債権とは相殺適状になり、その当時本件定期預金債権の元利合計額が右連帯保証債務履行請求債権の額を上回ることはないから、右相殺により、遅くとも右同日限り、本件定期預金債権は、その元本、利息ともすべて消滅したものといわなければならず、被告主張の本件預金債権(一)は、遅くとも右同日以降存在しないものといわなければならない。

2. 本件預金債権(二)の存否について

本件の全証拠によっても本件預金債権(二)の発生を根拠づける事実を認めることはできない。

3. よって、被告の相殺に関する主張(抗弁)は、結局その自働債権である本件預金債権(一)、同(二)の存在を認めることができないから、その余の点について触れるまでもなく理由がない。

三、以上説示した次第であってみれば、本件破産債権の確定を求める原告の本訴請求は、理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 木村修治)

〈以下省略〉

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